次世代の離島農業のスタンダードを作る。みんなで育てるシェアファーム事業
「農業は重労働で、不安定な仕事」というイメージから、全国的に農業の担い手不足が深刻化しています。大島でも一次産業の担い手は減少しており、平成30年の大島町町勢データによると、農林業に関わる人口は全体の2.2%と厳しい状況にあります。
大島で採れた農作物は、ほとんど専属契約している島外の事業者さんの元へ出荷され、島内での流通は少ない現状があります。こうした現状から、一次産業を担う農家を育てることが、5年後・10年度の島の未来にとって重要な課題となっています。
時代に合わせて、想いを引き継ぐ
そんな中、大島では「シェアファーム」の取り組みが始まっています。
きっかけは、シェアファーム事業発起人であり、島内の農産物直売所「ぶらっとハウス」で理事を務める山下さんが、島内で3世代にわたり農業を営む橋爪さんからガラス温室を受け継いで欲しいとお願いされたことでした。
「橋爪さんは北の山のベテラン農家さんで、花卉をメインに長年生産し、地域からも信頼の厚い方です。私も以前からお世話になっていたのですが、突然難病を患われたと聞き、少しでもお力になれないかと考えたのがこのプロジェクトのきっかけでした。このガラス温室は橋爪さんが健在の頃に利用されていたのですが、病気を患ってからは耕作放棄ハウスとなってしまいハウス内は荒れ果てておりました。」
「ハウスも畑も同じですけど、一度人間の手が離れると1年も経たずに荒廃します。雑草が生えるだけならまだ対処ができるのですが、中低木の雑木などが蔓延ってしまうとなかなか手に負えなくなる。私は勤め人なので温室再生に当てられる時間は、朝・昼・夕方に限られますので、朝4時から作業を行い、お昼休みの時間を使いまた作業、夕方も合間を縫って作業するなど、地味な時間を3ヶ月程度行いました。作業を行う傍ら、シェアファームに入ってくれる方の選定を行う中で、会社の同僚であった佐藤さんと意気投合しました。その後、佐藤さんに森川さんを紹介してもらい、以後は3人で毎朝一緒に作業して現在の形に仕上げていきました」
大島で農業を発展させてきた先輩からの意志のバトンを繋ぐことの重要性を感じた山下さんは、橋爪さんが大切にしてきたガラス温室を復活させ、同じ志を持った仲間と共に、島の農業の未来のため「シェアファーム」事業をスタートしました。
農業にどっぷりハマる環境づくり
シェアファームでは現在、4人のメンバーが区画分けをして農業を行っています。
鉢植えで栽培を行っているのが特徴で、その仕組みを考えた山下さんは理由をこう話します。
「私も専業の農家ではありませんので偉そうなことは言えませんが、農業の中で一番労働負担が大きいのは除草作業ではないかと思います。その手間を最小限に抑えるには防草シートを敷き詰めて、鉢植え栽培するのが効率的だと思いました。鉢植えだと栽培物の移動も楽にできますし、病害虫が発生した際などの対応も効率的です。一番の問題点は水切れを起こしやすいことだと思うのですが、橋爪さんは兼ねてから溶液栽培で耕作をされており、ガラス温室には井戸や井戸水を汲み上げるポンプが設置されておりましたので、そのまま有効活用をしています。温室栽培は橋爪さんの思いを引き継ぐ形にもなりますので、感謝の気持ちをもって、仲間で丁寧に使っていけたらと思います。」
そんな斬新な取り組みを行うシェアファームにはどのような魅力があるのでしょうか。
シェアファームがきっかけで農業にどっぷりハマっているという佐藤さんにお話を伺いました。
「もともとは自然の多い環境の中で子供を元気に伸び伸び育てたいという思いがあって、妻の実家がある伊豆大島に移住してきました。現在は、本業を続けながらその合間を縫って、農業に取り組む生活を送っています。
農業については、移住して最初にご近所さんにもらった採れたての地元野菜がものすごく美味しくて、こんな美味しい野菜を自分も作ってみたい!と興味を持ち始めたのがきっかけです。本業を続けながら、農業にも挑戦してみたいと思っていた時、発起人の山下さんに声をかけてもらい、橋爪さんの想いを一緒に継ぎたいと参加を決めました。」
当初は広すぎると思っていたガラス温室も、試験栽培を繰り返す中で、あっという間に作物でいっぱいになりました。
「大島では商業化されたことのない山椒栽培に挑戦するため、シェアファームで試験栽培を始めました。試行錯誤の連続で、失敗も沢山ありましたが、シェアファームのメンバーである森川さんと佐々木さんの協力や、地元の方々からの支援を受け、栽培を続けることができました。
そのおかげで、ついに今年、念願の山椒を収穫することができたんです。この感動はシェアファームや地域の方々の支えがあったからこそ得られたものです。」
「もう一つ、兼業状態からスタートができるというのもシェアファームの利点だと思います。
就農にあたっては、施設や設備への初期投資が大きく、またすぐに収入に繋がらないという側面があります。そのため、就農後、資金面で苦労したり即金性のある作目を選ばざるを得なかったりしますが、本業を続けながらシェアファームを活用することで、目先の収入にとらわれず、他の生産者が栽培していない作目にも臆せず挑戦することができます。
私の場合、本業での収入があるからこそ、最初からまとまった数の苗木を購入できました。もしはじめから農業だけで生計を立てようとしていたら、ここまで思い切った投資は難しかったかもしれません。
兼業しながら安心して就農できたのは、シェアファームという環境のおかげです。」
農業の当たり前を変えていく
シェアファームメンバーの森川さんと、『山猫会』という団体を立ち上げ活動しているという佐藤さん。今後はどのような展開を見据えているのでしょうか。
「まずは、認定農業者(農業経営改善計画を策定し、自治体から認定を受けている農業者や農業法人)を目指し、独り立ちしていきたいという目標があります。そのうえで、『山猫会』として各メンバーの得意分野を活かし、加工事業や飲食事業も展開していきたいと考えています。もともと『山猫会』は、大島の素材を使ったリースや門松などの創作活動を行ってきました。加工や飲食においても、できる限り自分たちで作った地元の食材を使用し、大島の魅力を伝えていきたいと考えています。」
倫理的価値観の変化や多様性をベースにしたQOL(Quolity of Life)の向上に注目が集まる中、働き方も日々変化し様々なスタイルが生まれています。もちろん、農業に対する取り組み方にも多様性を持たせていくことで、可能性は広がり、より豊かな暮らしへとつながっていくはず。そんな時代の流れを感じ取りながら、シェアファーム事業を通じて、新たな風を起こしていきたいと考えている山下さんと佐藤さん。
「兼業だからこそ結果にこだわり、再現性の高い方法を目指しています。そのために、栽培データは全て記録し、成功パターンを徹底的に分析。蓄積したデータを活用し、ICT化に向けて仲間のエンジニアとシステム開発にも挑戦中です。将来的には、様々な工程を自動化することで、作業時間を短縮し、長く農業を続けられる環境を築きたいと考えています。データに基づいた再現性の高い方法と、シェアファームの仕組みが、大島の一次産業を担う農家を増やすきっかけになると信じています。」
シェア、兼業、IT。
この3つを掛け合わせて、農業に取り組みやすい環境を整えていくことで、一次産業の活性化や新たな雇用創出につなげたい。そんな想いのもとスタートした大島のシェアファーム事業。次世代の離島農業のスタンダードになる日も近いかもしれません。
Let's Share
この記事をシェアするRelated articles
関連記事自分が自分であるための場所づくり
離島区に数多く存在する空き家。それらを自らの手で改修し、自分らしい空間を作って事業を始めるIターン・Uターン移住者が増えています。彼らはSNS等のツールを駆使し・・・
2022/01/05
近くて遠い島で今と未来を『生きる』
株式会社TOSHIMAは人口300人の小さな島「利島」で、定期船や貨物船の入港から荷捌きまでの業務を一貫して行っている平均年齢30歳弱、9割以上がIターン移住者・・・
2022/04/19